【毒母】難病の妹だけ溺愛し、小学3年生に愚痴り役割が逆転している毒親

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【毒母】難病の妹だけ溺愛し、小学3年生に愚痴り役割が逆転している毒親

私には妹がいました。過去形な理由は、最後に会ったのは10年以上前だし、今後も交流をせずスルーするからです。

私と妹は10才くらい年が離れており、しかも持病があるので、幼稚園に入園するまではいつも入退院を繰り返していたほどです。

いまでも鮮明に覚えていますが、小学校低学年なのに突然妹ができ、毒母が妹におっぱいをあげる姿を見て大泣きしたのです。

幼いながら「アイドルの座を奪われる!これは大変だ!」のような感覚になり慌てましたが、胸騒ぎは大当たりしました。

病弱な妹は、この世に誕生した瞬間から溺愛され、私は放置されるのです。毒母の都合により、比較的精神が安定していれば、私は可愛がられました。一方で、妹が入院するほど不調であれば、途端にメンタルが崩壊したうえ、私へ八つ当たりして発散する始末。

子はお前の心を保つための道具じゃないんだよ!

激おこぷんぷん丸ですが、当時は理不尽な仕打ちに気づくはずがなく、ただただイライラと寂しさを抱えていました。

 

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カウンセラー兼励まし役を担当させられる小学生

うちの毒母は末っ子です。自己愛が強いので、妹は自分とかぶるのか、兎に角溺愛していました。同じ末っ子だから、可愛さ100倍といったところでしょうか。

成人してから私に言い放ったことがあります。「末っ子って可愛いでしょ!」ってね。お前、ふざけるなよ。だったら、私に頼ったり、取りすがって泣き言を言わないでよね。

私がまだ20代の頃は毒親と交流があり、一人暮らしをしていたといえ、たまに話しては私をイラつかせるのです。

小学生時代から毒母のカウンセラー兼励まし役として活躍させられていたので、知らず知らずのうちに毒母はストレスがたまると私に電話をしては、八つ当たりや愚痴を言い散らかすのです。

母がおかしい、異常だ

のように気づきがあったのは、ある時友達に母の暴言を相談した時です。やれ、「結婚しなさい」「子供を産みなさい」と狂ったように言い散らかしたすえ、「私が婦人科系の病気があっても、子供を産めと要求するのか」問いただしたことがあります。

すると、毒母は当然のようにしれっと「当たり前でしょw」とのたまい、目まいや吐き気に襲われ

「こいつは何様なんだ・・・・妹にはあれだけ溺愛して、難病だけど死ぬような性質ではないし、手術のおかげでピンピンして今は元気なのに、何故私にだけ心を傷つけるような暴言を吐くのだろう」このように考え、悩みました。

信頼できる親友に相談したら、「それって、あんまりだし、そこまで言われたら、へそを曲げるわ。」と言い切られ、うちの親は異常かもって自認するように。

当時は毒親という概念がなく、親は偉大であり親孝行しなければならない考えが絶大ゆえ、親がおかしいと薄々気づいても実力行使する訳にはいかず、自活していたので関わらないよう必死でした。

難病だからって何なの?別に死ぬわけじゃないのに・・・・

妹は難病です。ですが、手術により健康を回復しており、死ぬような病気ではないのです。元気になって、ピンピンしています。

しかし、生まれた時から病弱なので、妹は溺愛され愛玩子としてぬくぬくの立ち位置です。それなのに、私は健康だからって、心を傷つけるような暴言を吐かれ散々な目に合いました。

小学生はまだまだ子供です。心を育ててあげないと、成熟した大人になれず、生きにくさが残ります。おバカな毒親は入退院を繰り返す妹の養育にいっぱいいっぱいで余裕がなく、メンタルを保つために私を利用して、時には励まし役、時にはカウンセラーのようにさせていました。

そうしないと、子供ながらに生きられないと感じていたんだと思います。うちの毒親は口が立つので、反論しようものなら10倍返しになって文句を言います。

そう、子供は母と距離が近いので、母寄りになり母が喜ぶような行動や態度でいた方が、楽だし徳なのです。こうして、徐々に本来の思考がなくなり、自分の心を傷つけてでも他人に同調してしまう癖ができあがっていくのです。

 

毒母は自己中、攻撃対象に八つ当たりするくせ、共感も求め矛盾した行動をとる

毒母という生き物は、非常に自己中心的かつ自己愛に満ちています。私は母が好むような服装は絶対に嫌で却下していたのを覚えています。

お洒落が好きで、自分好みのデザインや色が幼いながらに確立しており、母好みに合わせるのは自分じゃないようで、絶対に嫌でした。

うちの毒母は洋服に関しては、個人を尊重してくれたので、好みを押し付けられませんでしたし、経済が許す限り洋服は買ってくれました。

でも、それとこれは別の問題です。毒母は自分がメンタル不調になるような出来事によって、攻撃対象である私に八つ当たりをして発散していました。

一方で、ご機嫌であれば持ち上げる始末。安定した優しさをもらえないので、子供の私は混乱してしまい情緒不安定になりますよ。

しかも、父と口論になったり、妹の体調が悪ければ、ますます攻撃の矛先は私へ向かいます。大人になってから、当時の理不尽な毒母からの逆切れはそういうからくりだったのね。と理解したものです。

でも、納得いかないよね。だから、絶縁するんですよ。関わるとロクなことがないし、介護?冗談でしょw誰がするかよ!バーカwって感じ。

八つ当たりと共感が混在しているって、どんだけ?まだ小学生なのに重責を果たさなければならなかった私。可哀そうで愛らしくて、自分でもよくやったと思いますよ。本当にエラいと思う。

毒親の都合のよさは、矛盾した行動を子供に求める点にあります。

 

小学生には荷が重い、ゆえに親をバカにするようになる

私は毒母から、「親を親とも思っていない」のようなことを言われていました。で、身に覚えがあったので、何故親をバカにしてしまうのか振り返って考えてみると原因が浮かび上がり驚きました。

まず、子供らしい心の成長や自我、自尊心を育み、子供の話を聞いてもらえなかった。常に、毒母は「私が、私が、私が、私が・・・・」と子供の私へ愚痴を言い散らかし、私は自分の気持ちを押し殺すようになってしまいました。

で、無意識レベルで「親子の役割が逆転してね?こいつ(毒母)って、バカじゃね?」のように、水面下で思うようになりました。

だって、そうじゃないですか。普通は、親が子供の出来事を聞いて、相談したり励ましたりしますよ。でも、うちの場合は子が親の悩みを聞き、一方的にわめき散らす親に対して慰めたり共感したりしていたのです。

これじゃ、バカにされても仕方がないですよ。本来の役割が完全に逆転しているうえ、世間的にはまっとうな家族として仲良しの振りをして演じていたのだから。

 

お姉ちゃんなんだから・・・・

私は幼稚園の頃から、外向的で元気で活発なので、友達ができやすく健康でした。勉強もそつなつこなし、運動はやや苦手でしたが友達も多くバランスが良い方でした。

突然、年が離れた病弱な妹ができてから、

お姉ちゃんなんだから

この一言を言い放つ毒母です。好きでお姉ちゃんになった訳じゃないのに、決め台詞は必ずこれです。そして、妹を可愛がりなさいとのたまいます。

ですが、大人になってつくづく考えますが、まず目上の者を満足させ、心を満たしてからじゃないと、可愛がれないのです。

下の子だけ溺愛して、上の子は放置していたら、可愛がりたくても愛情を奪われ憎たらしくなり、可愛がれないのです。

理解できない無知で余裕がない毒母は、私に理不尽な要求ばかり言ってました。

 

親からの愛情を独り占めする妹なんて大嫌いだ

親がこの態度ゆえ、妹が大嫌いでした。子供ながらに、「何でこいつ(妹)だけ可愛がられて、私だけほったらかされるの?何か悪い事をしたのかな。親の言いつけ通り、頑張って勉強しているのに」みたく思い悩んでいましたよ。

繰り返しますが、小学生は子供です。成長過程にある心を傷つけ、姉の役割だけ一方的に要求したうえ、どんだけ勉強を頑張っても褒められないのです。

妹なんて大嫌いだ

普通は、このように思いますよ。

もし、私を尊重しながら愛情をたっぷり貰っていたら、妹を可愛がっていたはずです。これは今でも残念でなりません。面倒見が良い姉として君臨していたかもしれないのに、バカな親のせいでせっかくの姉妹関係すらぶち壊される始末。

因みに、私は小学生の時、ハイハイをしている妹の足を骨折しないよう手加減しながらつんつん押してましたもの。嫌いの度合いを分かってもらえるでしょうか。

本当に言葉に表現しにくいほど、大嫌いでした。

 

妹の存在を消す

大学卒業後には一人暮らしをしながら働いたので、10才も年下の妹とは共通の思いでは限られ、他人も同然です。

ただし、末っ子が大嫌いな理由として、困った時だけすがりつき泣きついて来るのです。

例えば、妹が成人して一人暮らしをしたいから連帯保証人になって欲しい

こんな場合だけ、毒母経由で連絡があります。

妹の連絡先も知らないし、いつもこんな感じで、疎遠なのに都合よく頼りすがる非常識な人でした。

これじゃ、嫌いになるでしょ。どこを見たら好きになれるのでしょうか。普段あっち向いていて、大きく困ったら泣きつくバカ者です。育ちがヤバく脇が甘いから、このザマ。

最後に会ってから何年も経ちますが、妹の存在は消して、最初からいない人にしました。

本当に関わるとロクなことがない魔物っているんですよ。病気がちだからって、甘やかされるとこうなりますよ。自分に甘くすぐに人を頼り、自己解決能力が極端に低いのです。

 

兄弟姉妹が大人になって仲良くならないのは、絶対に親のせいだ

私は中国語を話すので、李姉妹を視聴しては楽しんでいます。この姉妹は本当に仲良しなのが伝わり、羨ましくなります。

めったなことでは人を羨まないのに、仲良し姉妹・家族に憧れており、李姉妹はご両親が愛情たっぷりかけて育てたんだなって思い、泣けてきます。

大人になってから兄弟姉妹が疎遠になり、交流しないのは理由があります。両親による兄弟姉妹差別問題が要因なのではないでしょうか。

差別からの敵対心を持ち、結局関わりたくない。このような流れになります。運動を通じて、若い人と交流がありますが、兄弟姉妹と仲が悪いという方は一定数おられ、「親が悪いな」と考えてしまいます。

李姉妹のように、親がどの子も尊重して親の価値観を押し付けず子の心を大事に見守ってあげれば、仲良しになりますよ。

それなのに、毒親は姉妹差別が得意だから、断絶を選択します。自分を守るには、贔屓されている姉妹とは関わらないほうが楽です。傷つかないよう逃げないとw

 

好きで姉になったんじゃない!

毒親の快楽で先に生まれただけであって、望んで姉になったのではありません。ですが、育ちは本当に人格形成において重要であり、私は長女ゆえお友達も長女が多いです。

末っ子はやかされている傾向が強く、誰彼かまわず助けを求め、脇が甘く頼りない。だから、イライラするのよ。

「こんなこともできないんだ」

「情けない。自己解決能力が低すぎる」

「もっと自分で頑張ってから頼れよ」

「助けを請うのが早すぎる」

のように、思ってしまい、仲良くなれないの。

実際、末っ子の友達と海外旅行してアクシデントに遭遇したら、最悪でしたよ。すぐに泣きわめき彼氏に国際電話したり・・・

そんなことくらい自分で解決すれやって激おこモードw

好きで姉になった訳じゃないけれど、昔からしっかりしており頼られやすいです。ぼさっとしているくらいが丁度いいのかもしれません。だから、甘え上手に憧れますが、甘えたことがないまま大人になってしまったので、適切な甘え方がわからないのですよ。

 

病気に憧れる

さて、病気に憧れています。生死に関わる重病はさておき、今すぐ死なないけれど治らないような病気にめっちゃ夢見ています。

心配してもらいたい

ただ、それだけです。病気だと皆から親切にされ、心配してもらえるから本当に嬉しい。どんだけ、酷い扱いで放置されていたのかお分かりでしょうか。

放置というより、毒母の都合で放置されたり干渉されたり混在型でした。でも、マジで病気には憧れが強く、難病とか特定疾患になりたいwと心から考えますもの。

それだけ、病気だからと言って、妹だけ溺愛された影響を受けています。

婦人科系の病気になって本当に嬉しかったし、医師から「病気なのに嬉しそうですね」とまで言われたほどです。

 

毒親って世の中に大勢いるし、私だけが辛いんじゃない

親ガチャが外れただけ。そんな風に思えるようになっています。いまは、適切な方法で自分に合うやりかたでかなり解毒できています。

毒母のせいで、心を傷つけられ心に毒を盛られましたが、有効な解毒方法ってあるんですよ。だから、こなしていくと毒母からのフラッシュバックの回数が減り、ストレスで疲弊しても心の傷が暴走しなくなりつつあります。

しかも、世の中には毒親持ちってヤバいくらいいますよ。

著名人では、女優杉本彩さん、女医おおたわ史絵先生、アナウンサー小島慶子さんなどです。個人的に杉本彩さんの大ファンなので、毒親持ちと知り生き様を書かれた本を読んで、泣きましたよ。

あぁ、美人で性格が良い姉様ですが、私みたくバカな親を持って戦ってこられたんだなって。毒親同盟といいましょうか、共感しまくりで毒親の種類は違ってもやっていることは大差ないので、彩姐さんの気持ちがわかるのです。

いつまでも、悲劇のヒロインでいたら、思考がマイナス安定してしまい良くないです。抑うつ状態に酔っている考えをしてしまうので、恨むだけ恨んだら割り切っていくことも大切です。

だから、自分史として毒と決別するため書いています。

 

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世界は愛だよ